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観音崎を行く━其之壱━からの続き
このクルーズは、灯台めぐりと銘うっているので、浦賀にある3つの灯台を巡って行きます。
まずは、出港してすぐに案内されたのがこちらのドライドック(通称、浦賀ドック)。
住友重機械工業の所有です。1899年(明治32)に完成。2003年(平成15)に閉鎖。かつて、ここでは1世紀以上に渡り艦船が造られ、戦前は帝国海軍の駆逐艦、戦後は海上自衛隊の艦船や青函連絡船などが造られたそうです。
このドライドックは、よく見るとレンガ積みで出来ていて、かなり貴重なものだそうです。ドックの開け閉めは水圧の調整で行われ、ドライドックに注水すると扉が手前に倒れて開くしくみになっています。
左側にあるのが浦賀ドック、右側にあるボートが出港したところになります。まっすぐいくと浦賀駅の方になります。
赤い船は、ポンポン船と言われている渡し船です。先の写真を見てもわかるのですが、湾の東側の西側を結ぶ橋やトンネルがないので、ポンポン船に乗って行き来します。
ちなみに、この渡し船の航路は「浦賀海道」と名付けられ、全国でも珍しい水上の市道です。
ガット船と言われる砂利運搬船です。
浦賀病院の前にある桟橋が、陸軍桟橋と呼ばれるところです。太平洋戦争後、大陸や南方から引き揚げ者が帰ってきたところです。
観音崎を行く━其之参━へ続く
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このクルーズは、灯台めぐりと銘うっているので、浦賀にある3つの灯台を巡って行きます。
まずは、出港してすぐに案内されたのがこちらのドライドック(通称、浦賀ドック)。
住友重機械工業の所有です。1899年(明治32)に完成。2003年(平成15)に閉鎖。かつて、ここでは1世紀以上に渡り艦船が造られ、戦前は帝国海軍の駆逐艦、戦後は海上自衛隊の艦船や青函連絡船などが造られたそうです。
このドライドックは、よく見るとレンガ積みで出来ていて、かなり貴重なものだそうです。ドックの開け閉めは水圧の調整で行われ、ドライドックに注水すると扉が手前に倒れて開くしくみになっています。
左側にあるのが浦賀ドック、右側にあるボートが出港したところになります。まっすぐいくと浦賀駅の方になります。
赤い船は、ポンポン船と言われている渡し船です。先の写真を見てもわかるのですが、湾の東側の西側を結ぶ橋やトンネルがないので、ポンポン船に乗って行き来します。
ちなみに、この渡し船の航路は「浦賀海道」と名付けられ、全国でも珍しい水上の市道です。
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浦賀病院の前にある桟橋が、陸軍桟橋と呼ばれるところです。太平洋戦争後、大陸や南方から引き揚げ者が帰ってきたところです。
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