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映画の感想が多いですが、決して映画ブログではありません、 坂探索は、ケイゾク。
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ザ・マジックアワー
あらすじは、
港町・守加護でクラブ「赤い靴」の支配人を任されている備後は、ギャングのボス・手塩の情婦・マリに手を出したのがバレて大ピンチ。5日以内に幻の殺し屋・ デラ冨樫を探し出して連れて来なければ命はないと脅される。が、デラの居場所に皆目見当もつかない備後は替え玉を仕立てる苦肉の策に出る。
そこで白羽の矢 が立ったのが売れない俳優・村田大樹。主演映画を撮りたいと村田を騙し守加護へ連れて来るのだった。

どういう展開になるんだろうとワクワクしながら観れました。
ところどころに遊びがあるのも三谷さんらしいなあ。


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ここ何年か東京都交通局のカレンダーを買っています。
理由は、シリーズで都電のある風景ということで、東京オリンピック前後の東京の写真が載っているから。面影があるところから、全くないところまで見ていて飽きないです。

IMG_3313.JPG
11系統/冬の斜光を浴びて銀座・晴海通りを新宿駅前に向かう都電
三原橋〜銀座4丁目/1964年2月1日

IMG_3315.JPG
41系統/「板橋のガスタンク」を横目に見て早春の中仙道を走る都電
板橋駅前〜滝野川5丁目/1965年3月2日

IMG_3316.JPG
25系統/「鯉のぼり」が薫風に心地良くはためく小松川線をのんびり走る
小松川4丁目付近/1968年4月21日

IMG_3318.JPG
11系統/夏の銀座の都電風景 雑踏の中で乗降扱い中の月島・新佃島行き
銀座4丁目/1964年8月31日

IMG_3319.JPG
20系統/上野公園で須田町行きと顔を合わせた今井行き101系統のトロリーバス
上野公園〜上野広小路/1968年9月28日

IMG_3320.JPG
9系統/築地線の冬景色 雪化粧した都電が降雪を突いて渋谷駅前に急ぐ
新富町〜築地2丁目/1967年2月11日


基本的に今の都営地下鉄・都バスの路線が都電・トロリーバスの路線とほぼ同じことを考えれば、すごいことだなあと思います。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
2012年都電カレンダー 都電のある風景第18弾
http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/fan/cardgoods/toden/toden_detail_26.html


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弥生坂
【文京区弥生】
かつて、このあたり一帯は「向ヶ岡弥生町」といわれていた。元和年間(1615〜24)の頃から、御三家水戸藩の屋敷(現東大農学部地震研究所)であった。隣接して、小笠原信濃守の屋敷があり、南隣は加賀藩前田家の屋敷(現東大)であった。
明治2年(1869)これらの地は明治政府に収公されて大学用地となった。明治5年(1872)には、この周辺に町家が開かれ、向ヶ岡弥生町と名付けられた。その頃、新しい坂道がつけられ、町の名をとって弥生町と呼ばれた、明治の新坂で、また坂下に幕府鉄砲組の射撃場があったので、鉄砲坂ともいわれた。
弥生の地名の由来は、水戸徳川斉昭が文政11年(1823)3月にこのあたりの景色を詠んだ歌碑を屋敷内に立てからと言われている。


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観音崎を行く━其之参━からの続き

観音崎灯台と東京湾海上交通センター
いよいよ、メインであり最終目的地の観音崎灯台が見えてきました。
左側の白い建物が観音崎灯台です。右側の背が高い建物は、東京湾海上交通センターです。

観音崎灯台
反対側に廻って見た観音崎灯台。
灯台の下は観音崎公園で、ちょっとしたハイキングが出来るような遊歩道があります。
観音崎公園に上陸して、いよいよ観音崎灯台へと向かいました。
歩くこと15分ぐらいで観音崎灯台に到着しました。

観音崎灯台
観音崎灯台は、日本初の西洋式灯台として、1868年(明治元年)11月1日起工。翌年に初点灯しました。関東大震などにより2度再建され、現在の灯台は3代目になります。
また、日本の灯台50選にも選ばれています。
灯台は公開されているので、登ってみました。

IMG_3446.JPG
東京湾海上交通センター
右下に見える道から登ってきました。

IMG_3448.JPG
灯台から浦賀水道を臨む。
東京湾だけあって、船の数が半端じゃないです。
晴れていると千葉県が見えるのですが、この日は辛うじて見える程度なので、写真には写りませんでした。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
観音崎灯台(燈光会HP内) http://www.tokokai.org/archive/data/kannon.html

東京湾海上交通センター http://www6.kaiho.mlit.go.jp/tokyowan


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観音崎を行く━其之弐━からの続き


いよいよ、これからが本題の灯台巡りです。

燈明堂
2階建ての家みたいなのが一つ目の灯台、燈明堂です。
1648年(慶安元年)に幕府の命によって築造された燈明堂は、観音崎灯台にバトンタッチされる220年間に渡り、使用されました。そして、1872年(明治4年)に廃止。その後、建物は荒れ、石垣のみ残っていましたが、1989年(平成元年)に復元されました。

横須賀火力発電所
浦賀湾の入口にある横須賀火力発電所。
完成当時(1970年)には、発電の出力が263万キロワットで世界最大だったそうです。2010年(平成22年)に長期計画停止となっていたが、東日本大震災で不足した電力確保のため運転再開したそうです。

海鹿島灯台と波浪観測所
2つ目の灯台。海鹿島灯台。左にある白い建物は、波浪観測所です。
江戸時代には「漁師が鉄砲を担いで船でアシカを捕りに行っていた」「周辺海域には仙台伊達家の財宝が眠る」などの伝説が残されている久里浜沖に浮かぶ島、海鹿島の灯台です。

東京湾フェリー
遠くには、久里浜〜浜金谷を結ぶ東京湾フェリーが見えました。

観音崎
前方には、メインの観音崎が見え始めました。


観音崎を行く━其之四━へ続く。


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まちのパーラー
まちのパーラー@小竹向原
昨日のこと、ももんがにまちのパーラーに連れていってもらいました

ローストポーク
オーダーしたのは、ローストポークにパンはフランスパン。

IMG_3478.JPG
そして、ドリンクはキャラメルマキアートとサラダ付きで1,000円。
まず、パンとドリンクが色々と選べるのは、かなりうれしいです。
味は、おいしいですポークの火の通し方が絶妙で柔らかかったです。
ももんがが足しげいくのが納得です。毎週食べたい。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
まちのパーラー
練馬区小竹町2−40−5
Open 月  7:30〜18:00ぐらい
     水〜日7:30〜21:00(L.O.)
Close 火


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観音崎を行く━其之壱━からの続き


このクルーズは、灯台めぐりと銘うっているので、浦賀にある3つの灯台を巡って行きます。

ドライドック
まずは、出港してすぐに案内されたのがこちらのドライドック(通称、浦賀ドック)。
 住友重機械工業の所有です。1899年(明治32)に完成。2003年(平成15)に閉鎖。かつて、ここでは1世紀以上に渡り艦船が造られ、戦前は帝国海軍の駆逐艦、戦後は海上自衛隊の艦船や青函連絡船などが造られたそうです。
このドライドックは、よく見るとレンガ積みで出来ていて、かなり貴重なものだそうです。ドックの開け閉めは水圧の調整で行われ、ドライドックに注水すると扉が手前に倒れて開くしくみになっています。 

浦賀湾
左側にあるのが浦賀ドック、右側にあるボートが出港したところになります。まっすぐいくと浦賀駅の方になります。

ポンポン船
赤い船は、ポンポン船と言われている渡し船です。先の写真を見てもわかるのですが、湾の東側の西側を結ぶ橋やトンネルがないので、ポンポン船に乗って行き来します。
ちなみに、この渡し船の航路は「浦賀海道」と名付けられ、全国でも珍しい水上の市道です。

ガット船
ガット船と言われる砂利運搬船です。

陸軍桟橋
浦賀病院の前にある桟橋が、陸軍桟橋と呼ばれるところです。太平洋戦争後、大陸や南方から引き揚げ者が帰ってきたところです。


観音崎を行く━其之参━へ続く


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